大判例

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東京高等裁判所 昭和50年(行ケ)85号 判決

一 請求原因事実中、原告が特許権者であつた本件特許発明について、被告の特許無効審判の請求から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、発明の要旨及び審決理由の要点は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の取消事由の有無について検討する。

第一点について

第一、第二引用例の記載内容がそれぞれ審決認定のとおりであること、並びに、本件特許発明及び第一引用例の発明が、使用する糸が未解撚捲縮糸(本件特許発明)とオーバー解撚捲縮糸(第一引用例)とで相違するほかは一致する合成繊維糸による縮織物の製造法であることは、原告の認めるところである。そして、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例は、ナイロンのクレープ糸及びこれを使用したクレープ織物の製造に関する発明であつて、その実施例Ⅳの項には、各種のオーバー解撚捲縮糸及び未解撚捲縮糸をそれぞれ緯糸に用いて、製織し、それを沸水処理することによつてシボ立てする織物の製造法が開示されていることが認められる。

そうすると、右に開示された製造法と第一引用例の発明とは、少なくとも、合成繊維のオーバー解撚捲縮糸あるいは未解撚捲縮糸のいずれかを緯糸として製織し、シボ立てする縮織物の製造法である点で共通の技術内容ということになるところ、これら同種の技術内容がともに本件特許発明の出願前日本国内において頒布された刊行物に記載されている以上(第一、第二引用例が本件特許発明出願前の公知刊行物であることは、原告の明らかに争わないところである。)、第一引用例のオーバー解撚捲縮糸に代えて、第二引用例中に示された未解撚捲縮糸を用い、本件特許発明のように構成する程度のことは、当業者にとつて容易に想到しうるものといわねばならない。

ところで、原告は、審決が、第一引用例の「捲縮糸の最も好ましい状態は、……」の記載をもつて、「下撚りと反対方向の撚りと同一方向の撚りの二通りの撚りが考えられ、当業者がこれらを選択することは容易である」ことの根拠としていることを誤解であると主張する。

しかし、当事者間に争いのない審決理由の要点によれば、審決は、基本的には、本件特許発明と第一引用例の発明とを対比して、使用する捲縮糸の点を除いて一致するとしたうえ、その唯一の相違点たる構成の開示を第二引用例に求めているものであることが明白であるから、審決の判断を導くためには、第二引用例の当該構成が第一引用例の記載自体に示唆されていることを要するものではない。そして、前掲判示のとおり、第一、第二引用例の技術内容を相互に置換することの容易性が肯定される以上、審決が第一引用例の記載について説示していることは、いわば無用の言及ということになるから、仮に、その部分に誤解があるとしても、その誤りは、審決の判断に何ら影響を及ぼすものではない。

したがつて、第一引用例の記載に関する原告の主張は、結局、理由がないことに帰する。

次に、原告は、第二引用例には、(イ) 未解撚捲縮糸を用いた場合、オーバー解撚捲縮糸とは違つた風合の好ましい縮織物が得られるという示唆がないこと、(ロ) 縮織物の製造について抽象的な記載があるだけであることを理由として、当業者が未解撚捲縮糸を選択することが容易でない旨主張する。

しかし、(イ)については、確かに、第二引用例には、オーバー解撚捲縮糸と未解撚捲縮糸ごとに、それぞれの採択による作用効果について記載されてはいないけれども、その両者を含めて「均一かつ深いシボのクレープを有する縮織物が得られた。」旨が記載されている(前掲甲第四号証)のであるから、当業者にとつて、必要に応じて任意に選択できる程度のものということができるし、(ロ)については、たとえその記載が抽象的であるとしても、前記のような製造法が開示されていることを認定するに妨げないものであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、第二引用例の発明が未完成であるとも主張するが、原告提出の甲第五号証及び第八号証(ともに実験報告書)自体によつても、その実験者のいう第二引用例記載の方法によつて縮織物が製作され、それにシボが形成されうることが明らかであるから、その発明が未完成であるとは到底いうことができない。

以上のとおりであるから、第一引用例のオーバー解撚捲縮糸に代えて第二引用例の未解撚捲縮糸を用いることに困難性はないとした審決の判断には誤りがない。

第二点について

原告は、本件特許発明の明細書にいう「立体的なシボ風合」とは本絹縮織物のシボ風合を意味すると主張し、成立に争いのない甲第二号証(本件特許発明の特許公報)によれば、右明細書の発明の詳細な説明の項には、その冒頭に「本発明の熱可塑性合成繊維嵩高性捲縮糸を使用した縮織物は、……従来の縮織物のフラツトな感じより脱却し、近代的感覚に富んだ立体的なシボ風合を特徴とする斬新なものである。」と記載され、その他の個所にも「立体的なシボ風合」に触れた記載や本件特許発明にかかる織物が「和装地特にお召縮緬にはその真価を発揮する。」としたところのあることが認められる。

しかし、右明細書を精査しても、「立体的なシボ風合」が本絹縮織物のシボ風合に限定されていると解すべき記載ないしはそれを示唆する記載は見出すことができないし、また、「立体的なシボ風合」が本絹縮織物のそれを意味することが当業者の技術常識であつたことについては、証人大橋克彦の証言によつても認めるに十分ではなく、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用することができない。

次に、本件特許発明の作用効果について考えるに、前掲甲第二号証によれば、本件特許発明は、その要旨たる構成、特に、未解撚捲縮糸を緯糸に用いることによつて、従来の合成繊維糸による縮織物に比して、一応、「近代的感覚に富んだ立体的なシボ風合」を有する縮織物が得られるという作用効果を収めるものであることが認められる。

しかし、先に判断したように、「立体的なシボ風合」が本絹縮織物のそれに限定されるものでない以上、「近代的感覚」といい、「立体的シボ風合」といい、抽象的であり、主観的傾向に左右され易い概念であることは否定できないし、かなりの曖昧さを含むものといわざるをえない。現に、原告の全立証、特に前掲大橋証言に徴しても、本件特許発明による縮織物と従前例たる第一引用例の発明による縮織物との間に、一般取引者の立場からみた場合、「立体的なシボ風合」においてどの程度の差異があるかについては、必ずしも明確とはいいがたいものがある。

そればかりでなく、仮に、本件特許発明による縮織物が第一引用例によるそれよりも優れたものであるとしても、前掲甲第四号証によれば、第二引用例の実施例Ⅳにおいても、未解撚捲縮糸を緯糸に用いて製織し、これを沸水処理することによつて、均一かつ深いシボのクレープを有する縮織物が得られたことが認められるところ、その「均一かつ深いシボ」とは、表現こそ異なるが、本件特許発明にいう「立体的なシボ風合」と実質的に同義であるといつて差支えないから、本件特許発明の作用効果なるものは、他に特段の事情がない限り、第一引用例のオーバー解撚捲縮糸に代えて、「均一かつ深いシボ」のクレープを形成すべき第二引用例の未解撚捲縮糸を用いることから、当然に予測される効果の域を出ないものと推認するのが相当であつて、本件においては、この推認を覆すに足りる特段の事情は認めることができない。

したがつて、本件特許発明の収める前掲の作用効果は、結局、顕著なものということはできないものであり、これと同趣旨の審決の判断に誤りはない。

むすび

以上のとおりであつて、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編註〕 本件における特許発明の要旨は左のとおりである。

捲縮糸の残留撚方向が下撚方向と同一方向に零点以上の未解撚捲縮糸(以下、これを単に「未解撚捲縮糸」という。)を緊張させた状態で糊材で一時的に固定するか、または、そのままの状態で、右方向の捲縮糸と左方向の捲縮糸を緯糸として一本交互または数本交互に製織し、この織布の温湯中においてシボ立てすることを特徴とする熱可塑性合成繊維未解撚嵩高性捲縮糸による縮織物の製造法

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